落ち着き のつづき - 演劇ユニットG.com

落ち着き のつづき

その後です。岡田

遠くでは、火事なのか、それも分からずに黒煙が上がってる(後で、お台場の工事現場の火事と判明。)、テレビをつけると、緊急報道。東北のどこかの漁港の市場、水がどんどん流れ込んで。津波の様子が、刻一刻と流れてくる。「これは、ほんとやばいよ。」とかいってると、またグラって、大きな余震。外に飛び出すと、救急車の音や、何だか分からないけど、警告の街頭放送が流れてる。テレビの映像、高架道の上まで水が襲ってる、何なんだ?

その内、集金に行っていた社長が戻って来て、もう3時過ぎ、お蕎麦屋さんに向かう時間。何となく、怖くって、なんとなく去りがたかったんだけれども、仕様がないし、兎に角駅まで行って、電車も、多分止まってるだろうなあ。「今日も、蕎麦屋?」って塗装の福永さんに聞かれて、「宴会あるんだけど、多分中止かなあ。」なんて軽口を、ちょっと聞きながら、駅に向かう。

駅も騒然としていて、電車が走っている気配なし、仕様が無い、どうせ一駅だ、大森まで歩くかと、大井町の駅を後にして、近くの踏切に行ったら、踏切がしまって、警笛が鳴りっぱなし、「あれ電車来るのかなあ?」って思って、しばし佇むも、電車の動いている気配もなし。「ああやっぱり駄目か、諦めよう。」てくてく歩いて大森駅。

取りあえず、蕎麦屋に行く前に時間もあるし、どうせこれじゃあ宴会中止、下手すりゃ営業も中止かなあなんて、自転車に乗って部屋の様子を見ておこう、と、それに地震保険の証書や、通帳とかもまとめて所持しといた方が良いとか、こんな時にこんな事も考えられる俺って、ちょっと凄くない見たいな馬鹿な事も思いつつ。町は、人は騒然としていたけれど、思ったより地震後の様子もなく、家に着いた。

無事なアパート。壁も元のまんま、亀裂もなしかあ。って扉を開けたら部屋の中はゴチャゴチャ、おおきな本棚の上の小さな本棚が落ちて、本がバラバラ、冷蔵庫の上や、電子レンジの上に乗っけていた、ティッシュ、塗り薬、ペン、洗剤、ブラシとかひげそりがゴチャゴチャ、台所の上の棚が揺れで開いて中のタッパーや、お茶碗が散乱。幸い、ガラス・陶器類では、小さな湯呑が一個壊れただけでした。

部屋の方に入ると、CDの棚、見事に倒れて、部屋の方の本棚の本もバラバラ、プリンターに置いていたA4の紙が散らばって足の踏み場もなく、ただボー然。

何故か疲れがどっと出て、「ああーあ大変な事になっちまった。」自分の居場所だけを何とか作って、ジャンパー、マフラー、帽子も、そのまんまベッドの上に投げ出して、ゴロンとして眼を瞑って、あたまは真空の空白状態。

いつもは、ジャンパー、マフラーとかはきちんとハンガーに掛けるんだけど、何故か、その気がずっと起こらずに、そのまんま。今でも不思議なのは、掛けよう掛けようと思っても、部屋を片付け始めても、なんか気がそわそわしてるうちは、その基本的な何かに触れられなかった、だって、それが二日間そのまんまになるんですからそれがとっても不思議です。

と、いつまでもゴロンと死んでいる訳にもいかず、取りあえず台所のほうからかたずけ、でもなあ、と思っていると、また余震。ぞっとして外に出て、そこで、保険証書のことを思い出して、余震が終わると、押入れから書類を出して、でも、でも、部屋にいるのも怖くなって、もう思考停止状態

ああ、なんか、そうだよなあ、こんな紙きれ、いいや、そうそうもっと何か、こんなことじゃない。何か分からないけれど、これじゃない。ベッドの上の、ごちゃごちゃのジャンパー、マフラーの上に、また書類入れやら、通帳もごちゃごちゃ。やーめたって、何でか思って、書類はそのまんま、また押入れに閉まって、兎に角、現金だけは、財布と鞄にわけて入れて、って、そこで電話機が鳴りました。

美濃戸の店長、「宴会がやるんだって、来れる?」もちろん心配の声も、店の事とかも少し話した気がしたんですけれど、ええ、あんた、あのテレビみなよ、宴会じゃあないだろう。

後で聞いたら、テレビは一切見てなかったそうです。どうも川崎の方が揺れが凄かったみたい。美濃戸は4階建ての古めのビル何ですけれど、隣のビルと近接してて50cm離れていない、揺れてぶつかって、ゴツンゴツン。部屋の本も、みんな本棚から放り出されたとか、壁に取り付けてある本棚なんで、本だけ飛び出した。金魚の水槽の水は3分の1が飛び出して、ご自慢の大きなテレビも、ゴロンゴロン。ビル自体は、大きな損傷は無かったんだけれど、あちこち小さなヒビが増えて、塗装の表面がパラパラ落ちて散らかり放題。3階床のヒビも、ちょっと大きく盛り上がってました。

まあ、兎に角、その時が5時。宴会はたしか6時半から、「向かうけど、6時は無理、遅れるけど。」って言って電話を切って。さあ、どうする。一番大事な物? そう体です。寝巻替わりにしてるべネックスのリカバリーウエア、これは筋肉の疲れをとってくれる服、それを一番下に着込んで、もう1枚、だってこう言う時の一番の大敵は「寒さ」。さらにもう1枚の厚着。暖かめのジャンパーに着替えて、靴も防水の古くてちょっと破けてきてるけど、一番頑丈な靴。

部屋の中も取り敢えず、ざっと、そうそうまたきちんとしても余震でどうせまたって思うと、兎に角全部床の方に並べて、パソコンは安全な真ん中に。本は飛び出しているのは奥に入れ直して、落っこちたのは床にきちんと。台所の棚は、取っ手の部分に輪ゴムをはめて飛び出さないように仕掛けをして、ガスの元栓を閉めて。

そうだ電気、コンセントから全部抜こう。っと、ブレーカーを落としゃあ良いのに、焦ってたのか、あちこち探して、全部コンセントを外す。でも冷蔵庫、大丈夫かな冷蔵庫。ああそうだ、冷凍庫にあった氷を冷蔵庫に移して、駄目になりそうなもんもそんなに無いし。靴下、も一つもって行こう。

カードを全部所持。マスクを探して。タクシーの方が良いかな? 電車は駄目だ。バス? ルートが分からない。兎に角、自転車で行って見よう。でも、帰りが嫌だな、電車に自転車って乗せてもらえるのかなあ? 乗って帰るのも疲れそうだし。とか思いつつ、自転車をこいでると、通るタクシーは、予約ばっかり、空車は無し。

裏道をどんどん走って、でも人がだんだん多くなってくる。そろそろ暗くなって来て、帰る人なんだろうけれど、電車どうなんだろう? みんな蒲田の駅を目指してる。第一京浜の大通りにでたら、道は車で一杯、タクシーもバスも渋滞で動かない。これは自転車しかないな。こんな時ってタクシーの料金、どうなるんだろう。でも、その内に、歩道に人がぞくぞくと増えて行く。みんな歩いて帰るんだ。だって他にどうしようも無いんだしね。こういうときって、みんなもくもくだよねえ。なんか凄いのかな。それって? 

でもこんなときだから、普通に営業して、普通に宴会も、正解かなあ。と多摩川にさしかかり、あの大きな橋を自転車で、ほんとこの橋を自転車で渡るとは思わなかった。でも相変わらずの道は、渋滞。歩道は、スーツ姿のサラリーマンがもくもくと歩いてる。

橋を渡ると、もうすぐでお店。コンビニで、取り敢えずパンを買って。昼からなんも食べてないし、でもコンビニもなんか異様なハイ状態。

蕎麦屋に入ると、普通なんだけど、なんか違う。でも、店は普通な感じ。取りあえず2階の宴会、家族の宴会なんで、携帯が通じないとか、なんだかんだは有っても、全員そろって無事でした。子供が六人もいて、もう大変。

でも一時間もすると落ち着いて、その内に一階が大変だ。つぎからつぎのお客さん。地震だから呑む、とか訳のわからない客も居るし、帰れないサラリーマンの一行は、だらだら。普段見ない、食事のお客さんがたーくさん。満席でも待つとか言うし、ご飯もなくなって、急に買い出し。でも厨房も緊張状態で、なにがなにやら、ご飯買ってきて、眼の前にあるのに、ご飯物は売り切れとか、店長から、訳のわからない指示。こりゃ駄目だ。とは言え、もくもくとこなして、9時少し前に看板。

電車も、ずっと止まったまんま、自転車で帰るのも不安だったんで3階の稽古場に泊まることにして、店長と飯を食ってテレビ見てたら、まあ、ほんと大変な事になっちょりました。

窓から外を見ると、12時を過ぎてると言うのに、ざわざわ人が、なんか蟻のように動いてます。なんか、たぶん不安と危険でアドレナリン出まくりの覚醒状態なのかなあ、とは言え、いつまで起きていても仕様がない。相変わらず携帯は繋がらず、でもメールが来ていて、茨城の実家も大丈夫だった旨、弟からの連絡でした。まあ、明日の土曜日も営業だしと言う事で、寝ました。とは言え、まだまだ余震は来るし、不眠状態