また、書きます。 - 演劇ユニットG.com

また、書きます。

花輪莞爾『物いわぬ海』 岡田

 花輪莞爾さんは、シモーヌ・ヴェイユやランボーの翻訳にも携わったフランス文学者で小説家。

古本屋で、偶然見つけた『悪夢小劇場』(新潮文庫)。
その中にある一編が『物いわぬ海』。三陸に住み、昭和8年と、昭和35年に津波を経験した人のインタビューをもとにした、ドキュメンタリー的な小説。

地震があってから、読み直しました。その中からの引用です。昭和8年の地震・津波の後の描写です。

「それより一月間は、つぶれた家、瓦礫の下から水ぶくれ屍体を掘り出す毎日だった。近海でためしに漁網をひくと、一度に五十体もがかかり重くてならず、半分にわけてひきあげたこともある。明治29年の時とおなじく屍体は判別がつかないので、まとめてガラクタといっしょに焼き続けた。
 こういう際も東北人はただ黙々とはたらく。その心中にはみかけによらず残酷ともみえる諦めがある。いくたの災害、飢饉をくぐりぬけてきた彼らは、大量死をともなう災厄を「トカキをかける」と呼ぶ。トカキとはマスに盛りあがった穀物をそぐ棒のことだ。その地に生きられる以上の人口を、彼らは心のどこかで不遜な悪と考えているのだろう。」

ちなみに、その以前、明治29年にも地震・津波があって、その記録の後に、昭和8年の津波が描かれています。

*             *             *

地震以降、なんとなくめまいがしているような、不安で、落ち着かない日々です。仕事していたり、人と接していたりするとそうでもないのですが、一人になると、どうしても、なにか神経が過敏に集中して、落ち着けない。

被災者の皆様や、救助の方の御苦労を思うと、そんなことは言ってられないのですが、とは言え、自分に起こっている何かに対して真実になることが、こうして物を語れる立場にある身の使命とも思います。

大地と言うのが、こうもうねうねとのたうちまわる蛇のように、それは恐らく、大地を優しいだけの母のように錯覚していただけの、その基盤の上で、平平凡凡としていただけの事実が、ただそれだけの事として露呈した。いや、もっとおおきななにかにぶち当って、それだけならまだしも、そのおおきな何かに取り巻かれ、その内部にすっぽりとはまり込み、ずぶずぶと落ち込んでいく。「怖い、」その感覚が。

でも、そうではない。生と死はあざなえる縄の如く、ただ、生きて行きますとも。それには、「残酷ともいえる諦め」、その残酷をそれを、その真実、残酷と言う真実を真摯に受け止め、受け入れつつ、それを明らかに諦めにもたらしつつ、語る。その精神の鍛錬、強靭さ。受け入れること。落ち着き落ち着く為に、落ち着くと言うのが如何に困難で、重要なことが、静かに語る。

混乱しています。でも、このままで。