水と光のたゆとい、ホックニーの水面 - 演劇ユニットG.com

水と光のたゆとい、ホックニーの水面

プールに行くと浮かんでくる画家って、やっぱりホックニーかな。岡田

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↑こんな絵です。

またまたプールに行きました。休憩時間とかで、ゆらゆら揺れてる青い水面をみてるとホックニーの絵が浮かんでくる。

デイヴィッド・ホックニー(David Hockney)イギリス生まれで、アメリカ西海岸で活動している画家。オペラの美術とかもやっている。分けるとするとポップ・アートに属するのかなあ。

西海岸の明るい陽光の元のプールの絵が多い。まあ、ポップアートなんで、悪戯書きのようにも見えるんだけれど、プールって言うと、やっぱりホックニーが浮かんでくるんだよねえ。

ネットで見てたら、プールの絵についてホックニーが言っていた。

「あれは、水の表面っていうごく薄い膜についての絵だった。ゆらゆら揺れてる二次元性についてのね。見てるモノは、いったいなんなんだろう? たとえばね、昔の話だけど、プールの水を抜いて、底に青い色で線を描いたことがあったんだ。いま水が静止した状態にあるとするでしょ。すると、水を通して線がはっきりと見える、線は明快で安定しているんだ。誰かが泳いでいると、線は揺れだす。でも、どこで線は揺れてるんだろう? 水の下に潜ると、どんなに水が揺れていようと、線はふたたび安定してる。線は表面っていう、あの極薄の膜の上で揺れているだけなんだ。そう、ぼくはああいった表面にすごく惹かれるんだ。あの絵が実際に言わんとしているのは、そのことなんだ」  『ホックニー画集 ひとつの回顧』 「移動する視点――ホックニーの<ピカソとの対話>」 著:ガート・シフ 翻訳:西野嘉章 発行:リブロポート 昭和63 p48

重要なのは、水面は決して2次元ではないと言う事。2次元の平面が揺れる、つまりそこに「動き」が加わると言う事。高さを入れれば3次元だし、波であれば(時間が加わり)4次元になる。そして、その不思議でありつつ、引き付けられてしまう「何か」は、その表面にたゆたっている。2次元である水面のその面に、4次元に繋がるような何かが存在している。それは水面と言うたんなる物を超越させて、かつ、一瞬一瞬、刻々と戯れつつ揺れて、その眩さで、なにか永遠や無限を、そこに一瞬だけ垣間見させてくれような「時間」。

ホックニーの単純な絵や、同じポップアートのアンディー・ウォーホールのマリリン・モンローのシルクスクリーンや、キャンベル缶にしても、きちんと、その「何か」に対する視点を元に表現されている。
ただ、その「何か」は、いたるところに有るし、かくれんぼしている子供みたいに、見え隠れしている。ただ、探そうとすれば隠れるし、素知らぬふりして、奴らがふっと気を抜いた瞬間に捕まえるんだ。それには、目で見ずに目で見、耳で聞かずに耳で聞かなくちゃいけない。だから捕まえた瞬間は、天にも昇るほど嬉しいんだ、だからその喜びを知って欲しい。でも、伝えるのって、もっともっと、もっと難しい・・・。