ロベルト・ロッセリーニ『ロベレ将軍』  - 演劇ユニットG.com

ロベルト・ロッセリーニ『ロベレ将軍』 

渋谷イメージフォーラム 「映画の国名作選 Ⅰ イタリア編」の一本 岡田

ちなみに、こんな映画です。

『ロベレ将軍』Il Generale Della Rovere
1959年/イタリア/140分/モノクロ
監督:ロベルト・ロッセリーニ 出演:ヴィットリオ・デ・シーカ、ハンネス・メッセマー
「無防備都市」(‘45)、「戦火のかなた」(‘46)のロッセリーニが数年の沈黙を破って発表し、見事ベネチア映画祭でグランプリを受賞した作品。我が国では過少評価されがちな1本だが、ヨーロッパではロッセリーニの最高傑作との呼び声が高い。新聞記者インドロ・モンタネリのベストセラー小説を基に1943年から1945年までのナチズムやファシズムに対するパルチザンたちの抵抗運動を描き、全体主義を痛烈に糾弾した本作は、緊迫感に満ちたサスペンスフルな描写と主役を演じたイタリアの名監督デ・シーカ(「ひまわり」‘70、「終着駅」‘53)の名演が観るものの心を激しく揺さぶります。 


 
あらすじは、第二次大戦中、北伊のパルチザンと連絡を取るために連合軍がひそかに潜入させたイタリア人のロベレ将軍がドイツ軍に射殺されてしまう。しかしナチスは、抵抗勢力、パルチザンの情報を欲しがり、偽のロベレ将軍を仕立て上げて政治犯収容所に送り込み情報を得る計画を立てる。その、偽の将軍が、デ・シーカ演ずるベルトーニという詐欺師。
収容所での、ナチに抵抗する若者への無残な拷問、誇り高い自殺。本物のロベレ将軍の妻の訪問や、手紙の受け取りを得て、ナチの手先となり国のために闘うパルチザンを裏切って卑怯者の密告者として生きるより、勇敢な愛国者ロベレ将軍として尊敬されながら死んでいくことを選ぶ。

と書くと、なんとなくパルチザン礼賛の映画のように取れるし、またそう言う見方が正しいのかもしれないんですけれど・・・? なんですよね。なんでかと言うと、改めて久し振りに、ロッセリーニの映画を見たんです。そしてその「存在」の堅固さに驚嘆したんです。イタリア語の字幕付きなんです。でも字幕を見ないでも、デ・シーカ演じる詐欺師の言葉がスーって入ってくる。そりゃ、細かい事は分かりませんよイタリア語ですし。でもその心情かな、詐欺師の騙す言葉の軽い言葉としての存在感が、非常に重く伝わってくる。何かを表現するとか伝えるとか、まあ、この映画だったら、抵抗運動とか、全体主義批判とかね、でも、そうじゃない人間の素の部分としての存在だけが画面に焼きついている。意図的にそういう主義を排除している訳ではなく、もちろん物語批判とかとは全く違った、より高次の次元で、芸術とか言うよりももっともっと、もっと高次な、素の人間の再表現と言う意味での、人間の単なる「存在」だけが、そこに「有る」。

うーん。すごいなあ。

蓮見重彦さんの講演で聞いたところによると、ゴダールは映画史は二人の人間に集約される、グリフィスとロッセリーニ。おそらく、「物語」としての映画の創造者としてのグリフィス。それを超えた素の存在の提示としてのロッセリーニなのかもなあ。なんでも、淀川長治さんは、ゴダール、ロッセリーニを映画の破壊者として非難していたとか、でも、きちんとゴダールとロッセリーニを同列で並べる批評眼は流石ですね。

ああ、でも、もう一回行こうかな。ロベレ将軍。ちなみにイメージフォーラムなんで、荒川修作もやってるよ。

興味のある人は↓

http://www.imageforum.co.jp/theatre/index.html