物語の権力 - 演劇ユニットG.com

物語の権力

和田周さん・作・演出『まうしろの今』
岡田

演劇集団 夜の樹の公演、主催の三浦が何回か前のブログで紹介してます。ご興味のある方は、そっちも見てね。

ちなみに、ちょこっと出させてもらったりもしました。

正直に言うと、僕の好みではありません!

ああーあ、言っちゃた。
とは言えだったら無視すれば良い訳で、でも無視じゃあないんだなあ、何だろう? なんて事を思いつつ、マチネで見て、ソワレで出演と言う、なんか凄く贅沢な経験をさせてもらいました。

まず、私の好みです。シェークスピアです、ギリシャ悲劇です。つまり「物語」なんですわ。物語ってのは、要は「関係」。必然性、意味、筋書き、です。

それで、「まうしろの今」のチラシを見たら、以下の文章がありました。

「高校時代、霧島の山路で見つけた湧き水を飲んでぼくを振り返った友人の、叫び声と表情と、その背後の景色を、頻繁に思い出す。それがしきりに楽しい。
その記憶が、何の必然性も、意味も、ねつ造した筋書きもおびえていないのが、うれしいのだ。」

なるほど・・・、それが「うれしい」のか、だったら、ま逆ですもんね。私は物語派、「必然性、意味、筋書き」を好みます。まあ不条理劇ちゅうのが有るにはありますけどね。個人としては不条理劇、好きではないです。
ただ、和田さんの演劇は、不条理劇とは違った立場で、「物語」に対して、果敢な闘争を挑んでいるようにも思いました。
だって、前回がピノキオ、その前に至っては、ドンキホーテですもん。それにピノキオのラストに至っては、「神話」が登場してました。多分、あれはレヴィ=ストロースからの引用だと思う。(違ってたら、すいません。)

そんでもって、今回も、父殺しの英雄の話が出てくる、初めは、オイディプスかな? とも思ったんだけど、ちと違うかな。オイディプスだったら父ライオスを殺したのは三辻の所だし、剣で殺したのではなく、撲殺。ギリシャって、結局、野蛮だから剣で殺すとかってスマートよりも、撲殺とか斧で叩き殺すんだよね。野蛮野蛮。
なんだか、今回の父殺しの英雄の話からは、個人的にはボルヘスの『裏切り者と英雄のテーマ』が浮かんできたんだけれど、関係無いだろうなあ。でも、ドン・キホーテにしろ、ストロースにしろ、ボルヘスにしろ、何か、ラテン・アメリカの雰囲気が漂う気がしました。

印象と言うと、やっぱりレヴィ=ストロースかなあ。去年亡くなって、『悲しき熱帯』とか読んでみたんだけど、途中で止めちゃいました。物語というよりもやっぱり断片への拘りが強く感じられて、ちょっと息苦しくなっちゃう。ただ、それもありなんだろうなあと思うし。それを肯定し、その断片で世界を再構築すると言うこと・・・って、実は、物語以前の混沌とした「力」だけが跋扈する「場」を提供する事にもなるのかなあ。そんな事も考えました。