リア王、下降する悲劇。 - 演劇ユニットG.com

リア王、下降する悲劇。

BESETO演劇祭の一つ、韓国の劇団ミチュウの最新作。
韓国語だったよ。  岡田

リア王には、二重の線が有る。リアと3人の娘の物語。グロスター伯と二人の息子の物語。
今回の公演は、グロスター、息子のエドガー、エドモンドがよかったなあ。


ただ、これは演出なんだろうけれど。ラストの兄弟、姉妹による殺し合い。兄弟のエドガー、エドモンドが剣で戦い、エドガーが、弟エドモンドを殺す、そこに、リアの長女、ゴネリルに毒殺された妹、リーガンの死体が運ばれてくる。そして、大逆罪でうったえられたゴネリルも、舞台の外で自害。ゴネリルの死骸が運ばれてくる。そこに、三女、コーデーリア、牢番に首を絞め殺された、コーデーリアの死骸を抱えたリア王が、泣き叫びながら入場する。


今回の演出だと、リーガン、ゴネリルの死が舞台上で行われていた。でも、あれは、やっぱり舞台の外で死がおこり、まさしく「死体」が並ぶという所に、演劇的な意味があるんじゃないかなあ。
グロスターの死も、可視化されてたけど、あれも、エドガーの伝達で十分な気がした。


しかし、巨大な芝居。つぎからつぎへと事件が進展し、あっと言う間に下降して行く人々。


演出の、イ・ビュンフンが書いてた「『リア王』のスケールは想像を絶します。ここにはこの世界の全てが入っているといっても過言ではありません」
そしてもっと重要なのは「結局は、死に行く世代と今後台頭してくる世代間の争いです。世代間の葛藤は過渡期には常に現れた現象ですが、まさに今、私たちはやはりそのような激しい葛藤が渦巻く時代の中に生きていると言えるでしょう。」


親殺し、子殺し。ギリシャ神話から、ギリシャ悲劇、シェークスピアから連綿とつづく演劇の核心部分。でも、ニュースとか見てると、演劇よりも現実が、先にいってるようにも思う。しかしだからこそ、ぬるい世界から立ち上がり、「この世界」に入っていかなければならないんだろうなあ。
なーんてね。