嫌いなもの、善意と純情。 - 演劇ユニットG.com

嫌いなもの、善意と純情。

吾の言動ではありません。中野好夫『悪人礼賛』
岡田

朝日新聞の天声人語、載ってました。
中野好夫。英文学者、翻訳家。シェークスピアの翻訳もしてるし。コンラッド『闇の奥』の翻訳もしてる。

「善意、純情の犯す悪ほど困ったものはない。第一に退屈である。」

退屈なんだよね。要は馬鹿。足りない。頭、悪りいい。
でも、多いんだ。
やつら、如何にも自分だけが正しいみたいな感じでね。善意だか何だか。でも、ほんとうは怖いんだろうなあ。なんて事も思う。
弱さを隠すために、安全圏に居るために、善意と言う鎧を着てるように見える。
たちが悪いのは、それに気付いて無いって事。

「悪人というのは概して聡明な人間に決っている。」

「悪」と「悪人」違う。そこんとこ難しいけど。明らかに違う。悪人ってのは、「善」を知っている。だから、悪を行えるし。それが「悪」だと認識も出来る。
でも、善人はバーカだから、そこいら辺がよーく分からん。どんなことでも漫然と行えば「悪」になる。もっと考えろって、考えれば考えるほど、世は悪である。でも、それを我慢して考えている姿は美しい。

ヴェイユも言ってる。

「芸術の対象、偶然と悪の編み目をとおして感じ取られる、感覚的で偶発的な美しいもの。」

シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』「美」より ちくま学芸文庫

芸術かあ、悪人にならんとなあ。ガンバろっと。

追伸 中野好夫『悪人礼賛』は、ネットで全文見られますよ。検索してね。

コメント[1]

詩野ちゃんに、剛さんは悪人礼賛読んだほうがいいって言われたから、今から読むよ。

詩野ちゃん、曰く、俺も岡ちゃんのいう「バーカーの一人」らすぃので。