ヨゼフ・シゲティ - 演劇ユニットG.com

ヨゼフ・シゲティ

バイオリニストでーす。下手だよん。
岡田

先週、三浦剛のバンド仲間。熊取谷(ヒシヤ)正樹・直樹兄弟のバンド、ガラス座のライブに行きました。
終わった後、三茶の三浦邸で飲んでて。直樹ちゃんとクラシックの話になったんだよね。直樹ちゃんの結婚式の時も、音楽の先生と隣の
席になって話したんだけど。昔の演奏家は「凄かった。」とかね。

じゃあ、「凄い」ってどういう事かってね。ちょっと考えたわけです。

ベートーベン「バイオリン協奏曲 ニ長調 作品61」」
バイオリン ヨゼフ・シゲティ 指揮 アンタル・ドラティ ロンドン交響楽団
1961年録音 PHILIPS

解説から引用すると
「外面的な美感からは甚だ遠い。彼が現代のコンクール受けたら予選落ちは間違いのない所であろう。」
「元来が技術的に欠陥をもった人なので、70歳に近い老齢での演奏であってみれば、その衰えは痛々しい。音もかすれ気味だし、ビブ
ラートも粗くなりすぎ、音程が絶えずゆれている、」

正直に言えば「下手くそ」なんです。でもねえ。味が有るんですよ。

技術的に駄目なだけに、表面では勝負できない。だから、ベートーベンの音楽の本当の所へ、どうにかして行きつきたい。そんな厳格な感覚が、直接に伝わってくる。
バッハであれモーツァルト、ベートーベンであれ、神に近かろうと人間です。だとしたら、同じ人間として絶対に近づける訳で、それに
は必死に必死に練習して鍛錬するしかない。
その姿、姿勢が、演奏を通じてヒシヒシと伝わってくる。
そこが「凄い」のかなあ。

解説で評論家の宇野功芳さんが書いてた「彼が現代のコンクール受けたら予選落ちは間違いない」。

そういう時代。「現代」は、クラシックに関して言えば、それが「芸術」であった時代から、単なる「技術」になってしまった時代かもねえ。

無私になって、一つの場所にたどり着くって、口で言うほど簡単やないんだろうなあ。
昔の演奏聞いてると、やっぱひしひしとそんな感覚が伝わってくるんですわ。

上野、文化会館の上に、音楽資料室が有って、いろいろな録音を無料で聞けまっせ、興味があったら↓まで。
http://www.t-bunka.jp/library/index.html