『罪と罰』ドフトエフスキー - 演劇ユニットG.com

『罪と罰』ドフトエフスキー

久しぶりに読みました。
岡田

光文社古典新訳文庫、亀山郁夫訳。
何年ぶりだろう、ドフトエフスキー。確か、大学の頃だから、20年ぶりに読み返しました。でも、光文社の古典新訳は面白い。亀山訳、読みやすいです。

まあ、有名な話。貧乏学生のラスコーリニコフが、金貸しの老婆を斧で殺し、その罪を告白し、罰を受け入れるまでの、数日間の克明な記録かな。

でも、今回読み直してみて、第一部、二部の殺人の前後、殺人の熱と興奮で異様な状態の描写が凄いなあ。

殺人を犯すのであれ、自らが殺されるのであれ、多分、異様な危険状態を察した脳は、覚醒物質を大量に出すんだと思う。まあ脳内麻薬と言われるものかな。
「殺人」と言う行為が、何故、禁じられるのかってのは、その異様な覚醒状態を禁じるためのような気がする。

ラスコーリニコフは、自分が犯した殺人を、敬虔深い娼婦のソーニャに告白する(第5部)。その告白が後半の山場だけど、その中で、

「僕が殺した理由が単なる飢えだったら。......僕は今幸福だったろうね」
「自分のために殺したんだ」
「必要だったのは金と違う、何か他の物だったんだ......」

とか言ってる。
ドストエフスキーは、人間の持つ、その恐ろしい場所にまで降りて行ったんだと思う。
ギリシャの悲劇詩人やシェークスピアも降りて行った世界かなあ。ああ恐ろしや!