そんな時代もあったんですなあ。
岡田です。
オーケストラは、ニューヨークフィル。戦後間もなくのアメリカでの録音。
ブルーノ・ワルター(1876年~1962年)はトスカニーニ、フルトヴェングラーと並び、「20世紀3大指揮者」と言われる。でも、フルトヴェングラーやトスカニーニは強烈な個性で聴き手を圧倒。対してワルターは人間的あたたか味で多くの人々を魅了。
ワルターはユダヤ人。ナチスに睨まれ、欧州を転々とした挙句アメリカに定住。戦争に翻弄され続けた指揮者。確か、娘夫婦もナチによって自殺に追い込まれたとか。
でも、とにかく、なんでも大きく包み込んでしまうような指揮者。そこで、演奏できる喜びと言うか、オーケストラと言うのも大所帯なんで、ほとんど演奏しない楽器奏者も居るわけ。でもワルターの指揮だと、全身全霊で立ち向かえる。当時ビオラ奏者で、後に指揮に転じるジュリーニが言ってた。多分その喜びが演奏全体に漲る。
軍隊式に、一糸乱れずと言うのがトスカニーニタイプ。だから、指揮者も恐ろしいほどの緊張と興奮を要求されるし、リハーサルで興奮しすぎて卒倒。怒って、指揮棒で、第一バイオリンのコンサートマスターを刺してしまって裁判沙汰もあったらしい。
でも、トスカニーニの死後の追悼演奏は、確かワルター。
ベートーベンの「荘厳ミサ(ミサ・ソレムニス)」は海賊版。『名指揮者ワルターの名盤駄盤 (講談社プラスアルファ文庫)』にも出てない。多分、放送用録音のSP盤かなんかで、LPそんでCDになったんだ思う。故に音も悪いし、雑音も入る。
でも、演奏者も歌手も、目一杯なんだよね。なんで、こんなに興奮できるんだろう位の演奏。戦争が終わっての解放感。自由を謳歌する気迫みたいなもんなのかなあ。戦時中、演奏もできなかった事もあったらしいし。
それに、やっぱり、まだ当時は、演奏出来ると言う事だけで、興奮できたんだと思う。
何年か前のメトロポリタンオペラの『ワルキューレ』。もはや慣れ過ぎて面白くなかった。指揮者が、途中で変更になったとかいろいろ理由はあっただろうが、あれは多分、慣れだと思う。
まあ、現代と言うのはそう言う意味で、クラシック音楽が、一つの時代をおえた時代なのかなあ。

コメントする