ねんきん、粘菌。 - 演劇ユニットG.com

ねんきん、粘菌。

単細胞と多細胞
岡田。

駅から遠いもんで、朝晩、自転車です。
そんで最近思うんです。
恐怖を感じてる人って少なくなったなあ。無防備なんだよね。だから却って危ない。
「そっちがどいてくれるでしょう、だから、私は堂々としていて大丈夫。」みたいな、おばさんや、おじさん。お姉ちゃんやお兄ちゃんが増えてるように思う。気遣いだ、配慮だとか言うけれど、結局は自分の身を守るための行為。恐怖や危険の上に成立するんだと思う。だとしたら、今の社会は、非常に安全で、危険がない。故に自由に、我儘になって来てるのかなあ。

粘菌さん。

南方熊楠や、昭和天皇も研究したとかで有名だけど、確か、普通の状態だとバラバラで、乾燥状態のような危険が近づくと、集まりだして器官を作り、多細胞生物のようにふるまって胞子を作る。
つまり、危険になると集まって共同体を作るんだよね。でも安全平和だと、ばらけて自由気ままな生活かな。

世界情勢をみれば、まあ安全平和とは言えんかもしれない。
が、道端で餓死してる人が居る訳でもなく、武器を見せながら歩いている人が要る訳でもなく、軍隊(自衛隊)が闊歩している訳でもなく。日々、ボーっとしてたって、なんとなく守ってくれる社会だし。
逆に、60・70年代とかのほうが、粘菌的に言うとはるかに危険で駄目だったのかもしれない。だから、みんなでガンバって共同体で敵と戦ったのかなあ。

もう10年になるけど、地球の反対側のチリで半年くらい働いた。
チリの食品工場。日本人50~60歳位の人、10人くらいと工場の管理とかやってました。みんな元船乗り。大手食料品会社の人で、遠洋の巨大な船で魚の加工とかやってた人たち。
立派は立派だったけどね。一仕事終えて、定年では飽き足らないって感じで、一から工場を立ち上げたりした訳だから。

まあでも、なんなんだろう感覚は違ってたな。
吾は、自己本位。合わせてはいたけど、根っこのところでは、そういう共同体意識はうざかったなあ。却って、ラテン気質のチリの人々とのほうが合った感じはした。

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