映画、女優、映画女優 - 演劇ユニットG.com

映画、女優、映画女優

今週は、映画館でした。
岡田。

週に2回も映画館に出かけたのは、ほんと久しぶり、去年の年末の「ストローブ・ユイレの軌跡」以来だからほぼ一年ぶり。
なんとなく、ここんところ小津の映画が見たくって、ずっと探してたら馬場の早稲田松竹で、『麦秋』『秋日和』をやってたんで見に行った。

原節子さん、凄いなあ。とにかく綺麗。

「光」の美しさに関しては、モノクロ時代のほうが断然に上だった。色が無いわけだから、美しさは「光」だけで表現するしかない、そういう理由も、もちろんあるだろう。体の稜線や、髪の毛の輪郭、アクセサリーに反射する光が、輝いて、女優自体が輝いて見える。
でも、それだけじゃあ無いだろうな。

気迫が違う。

日本映画の黄金期であり、かつ戦後の復興期の活気。だから逆に、その事だけに気狂いじみて真剣になれたんだろうし、決して上手い女優ではないと思う。でも、時折、鬼気迫る演技が出現するんだよね。そういう面では黒澤明の『白痴』の女役が適役だったけど、黒澤の映画はストレート過ぎる気がする。
その点、はるかにセンスのある小津映画の原節子は、綺麗で賢く、ゆえにきちんと鬼気迫る狂気をもたたえて凛として存在している。
女性としても賢かったんだろうな。小津が亡くなって、それ以来、43歳で公の席からは消えている。今でも鎌倉に暮らしているそうです。

引退する直前の『秋日和』では司葉子のお母さん役。母一人、娘一人の母娘が、娘を嫁にやると言う。小津的には、同じパターンで、世間的にも良くある話。
でも、娘を嫁に出して、寂しさに耐えながらも気丈に振舞う原節子が、結婚式の晩に一人布団を整えて物思いに耽る様子には、何か声高ではないけれどチェーホフの『三人姉妹』のラストのような、生きていくことに対する、深い哀しみと忍耐、そして耐えていくことによって垣間見えられる人生の美しさが感じられた。

「生きて、生きていかなくてはねえ」

なんか、そんなん見てたら映画が見たくなりまして。ちょうど京橋のフィルムセンターで田中絹代の特集やってて。日曜に成瀬巳喜男の『おかあさん』と溝口健二の『西鶴一代女』やってたんで行っちゃいました。次は、田中絹代さんでーす。