敗北と混乱 - 演劇ユニットG.com

敗北と混乱

先日、43歳になっちゃった。
岡田だよお。

『ヘンリー6世 第二部 敗北と混乱』、偶然だったんですよ。でもちょうど誕生日の日にシェークスピア。それもいきなり二部から見ました。
どんだけ物語が伝わってくるとかね。演劇だと難しいけど、むかしの定員入替制が定着する前の映画館とかでは結構やってました。途中から入って、途中ででるとか。ここで、こうなってると物語って伝わるとか、結構勉強になります。
ほんと久し振りのシェークスピア。3部作、計9時間。1日という日もあるみたいだけど。やっぱり、最初期の作品だし。東京でやるのも多分、20年ぶり。バラバラで行ってやろうと思って、一回目に二部、二週間後に三部、その後、一部。吾はやっぱり捻くれ者。
でも、ほんと面白かった。久し振りに「やっぱ演劇、これこそ演劇。やっぱシェークスピアはすんごーい!」

公演としてどうかと言えば、ちょっと中途半端な感じです。だから、あんまりお薦めはできない。ストーリーが複雑だし、役者もやったら出てくる、展開は超早いし。それに、ミュージカルとか新劇とか、テレビとか、有名な役者さんたちがたくさん出てるけど、まとまりに欠けてるような気がする。
まあシェークスピアにはシェークスピア独特の癖があるんで、そこを理解してると物語がパッと入ってくるんだけど、ちょっと、そこがズレちゃうと、3時間の拷問にも成りかねない。
だから逆に、シェークスピアの台詞の凄さは、よく伝わってくる。そこまでダメな演技でも、きちんと通じる言葉ってあるんだ。人間の「素」の部分って言うのは、たかが四・五百年、いや千年や二千年では全く変化しないし、いつのどの時代にでも、同じように「戦い」、「生き」そして「死んでいく」、人の営みと言うのは、感動的なまでに美しい。

裏切り、復讐、呪い、讒訴、権力、嫉妬、憎悪、それが綺羅星のように輝くシェークスピア演劇の中で、透明に人間の「素」の姿として提示されるときに、陳腐な権力闘争と、おぞましい戦争と言う物語の内容を、遥かに超える大きな「力」として、舞台が神々の領域に入るんだと思う。

ゴダールの『愛の世紀』に、こんなんもありました。
女の声「悲劇は自由自在。ひとりでに走り出す。死、絶望、裏切りがすべて起こる。感情の炸裂や嵐、そして沈黙も。すべての静けさ......。悲劇はけがれがない。心がなごむ。悲劇に現れる裏切り者、執念深い敵、冤罪に苦しむ人。復讐者。希望の光が恐ろしい死へと変化する。事故のように......。悲劇では心穏やかだ。身内といる気分だ。誰もが無実なのだから。」

ちなみに......、
残るは『ヘンリー5世』、1作品のみ、僕のちっちゃな野望。シェークスピア全37作品、全部見る事。(最近、39作品とか言われるけど、正当的な意味ではやっぱり37じゃないかな。)
でも、芝居を見初めてから20数年、そんな短期間でやっちゃうんだね。この東洋の、極東のちっちゃな島で。凄いのはシェークスピアではなくって、そういう島の住人の日本人かな。

公演に関しては↓を見てね。

http://www.atre.jp/henry/?utm_source=yahoo&utm_medium=ppc&utm_campaign=09henry&OVRAW=%E6%96%B0%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E5%8A%87%E5%A0%B4&OVKEY=%E6%96%B0%E5%9B%BD%E7%AB%8B%20%E5%8A%87%E5%A0%B4&OVMTC=standard&OVADID=27017009041&OVKWID=258184689041