1+1は3かなもし? - 演劇ユニットG.com

1+1は3かなもし?

1+1=2です。可逆過程。つまり2⇒1+1
この前、G.com会議の後の飲み会で「1+1=3」とか、3⇒1+1は成立しません。つまり不可逆過程。エントロピー増大しました。
ハハハハハ、岡田です。

まあ、文学的と言うならそうなんですけど。「1+1=3」つまり、増えた「1」は子供とかってね。でもエントロピーは増大しますよ。それが自然の摂理。なんででしょう、なんででしょうねえ?

それは「時間」です。たぶんね。人間にとって最大の圧力、プレッシャーは「時間」なんじゃないかな。

エントロピーって本来は熱力学の用語だから、時間とも生物とも関係はないんだけれども、ちょっと勉強してみると、やたら「時間」や「生命、生物」と関連をもって解釈されるんだよね。
エントロピーって本来は、不可逆な過程を量として表現する物理的な量であって、世界の破滅とかそう言う事とはまったく関係がない。ただ、いろいろな要素を含んでいるので、まあ色々に利用されてるだけ。

ただ非常に重要なことは、「不可逆」の意味なんだと思う。単純にいえば「死ぬ」ってこと。
考えている私が、「生きている私が、いつか死ぬ。」って、何で分かるのかなあ? そういうことかな。

「不可逆」に関連するとき、そこには人間のぶつかる壁としての「死」、それを背景でささえる「時間」や「生命」、「生物」が出てこざるを得ないんだと思う。だからエントロピーと言う言葉には、ほんと、やったら尾ひれが付いて、破滅と救いとかが出てくるけど、「私が死ぬ」の「私」をきちんと考慮にいれれば、そういう発想自体が陳腐に思えてくる。

   感謝は、感謝することに到達する者たちを
        到達不可能なものの面前へと連れ戻す。
              われわれ―死すべき者すべて―は
     始まりのときこのかた
              その到達不可能なものの現前にふさわしい。

マルティン・ハイデッガー

 『アーレント・ハイデッガー往復書簡』大島かおり・木田元共訳 みすず書房

(『ハイデッガー全集13巻 思惟の経験から』創文社 所収 「エルハルト・ケストナーの追憶のために」にも同じ詩がありますが、引用は上記翻訳からです。)