リアリティ
公演終了でーす。ご来場いただいた皆様、本当にありがとうございました。
岡田です。
個人的な事ですが。剛ちゃんと携わって7作目(脚色・演助含む)。友人の蕎麦屋にもずっと来て貰ってるんですが、初めて手放しで誉められました。
あいつ性格悪いんで、表面的に「面白い」とか言って、陰で腐すんですわ。まあ人間的な人間なんでね。でも今回は誉めてました。って僕の作品ではないんですけど。やっぱりうれしい。
劇作家協会のセミナーで知り合って、G.comに携わって早3年。えがったなあ。それまで孤独に孤独に、一人ぼっちでただただ観劇してたんで、やっぱりこういうのは嬉しいんですわね。とはいえ、多分、これがスタート。やっとそこに至ったと言う事だと思いやす。
そこで、今回の最大の収穫は、
「芝居のリアルは、みんなが気づくようなレベルではダメなんですね。生きていると、そういうことを考えることがあるんだなあ、というところを掘り起こさないと。それがリアリティ」
岩田さんの言葉です。友田さんのインタビュー。稽古場日誌に出てます。この言葉を、岩田さんから引き出した友田さんはやっぱスゴイなあ。
何日目だったかなあ。結局、泊まった三茶の三浦邸で朝方目が冴えちゃって、一人起きて、ちょうどあった『ギリシャ・ローマ古典劇集』(筑摩書店)見てたんです。これ多分、僕があげた本なんですけど。
やっぱり「力」があるんですわ。言葉にね。なんでなんやろうって? 物語としては、ほとんどが近親殺人だったりするわけです。『オイディプス』(父殺し)、『メディア』(子殺し)、『エレクトラ』(母殺し)とか。でも、現代でも、殺人事件の過半数は、近親者だそうです。新聞によるとね。
「感情」って、プラス方向だけではないし、マイナスの方が重かったりもする。そうすると捌け口は身近な人間に向けられるって事なんだと思うんですけど。
「生きている」とそういう事にぶつかるって、やっぱりあると思うんです。まして、そこを掘り起こして「劇的」に表現しなければならない。そうなると2400年前の作品だろうが、やっぱり現代の「リアリティー」に最も近いんだろうなあ、なんて思います。だって、もし「人間」という存在を真に信用するなら、その人間が長きにわたって選択してきたものは受け入れるしかないしね。
辛いけど。結局、生きていると言うことの基本は、そのことに耐えていく事なのかなあ。PATIENT(忍耐)、PAIN(痛み)も元は、ラテン語のPASSION(情熱、受難、苦悩)から来てる。
「グロスター、忍耐だ、忍耐せねばなあ。人は泣きながら生まれてくる」(シェークスピア『リア王』第四幕六場
息子に裏切られ、両目を抉られ、荒野に放り出されたグロスターに、娘たちに全てを奪い取られ半ば狂人になったリア王が、ふっと正気に戻って言う言葉。忍耐=PATIENT、我慢。シェークスピアにはよく出てくる台詞。

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