夜になると鮭は
夜になると鮭は、川を出て街にやってくる
フォスター冷凍とかA&Wとかスマイリーレストランと言った場所には近寄らないようにはするが
でも、ライト・アベニューの集合住宅のあたりまではやってくるので
ときどき夜明け前なんかには、彼らがドアノブをまわしたり、ケーブルテレビの線に、どすんとぶつかったりするのが聞こえる
僕らは眠らずに連中を待ち受け、裏の窓をあけっぱなしにして
水のはね音(スプラッシュ)が聞こえると呼んでみたりするのだが
やがてつまらない朝がやってくるのだ。
いきなり詩の引用です。レイモンド・カーヴァー『夜になると鮭は』。
岡田です。
禁酒も二週間目。思ったより禁断症状はないんです。夜更かしも止めて。早起きしてこんな文章も書いてます。
カーヴァーって、村上春樹さんの翻訳で有名だけど、確か、アル中だった人。「やがてつまらない朝がやってくるのだ。」って分かるんですよね。なんか、そうだよなあって感じで。でも、「朝」って必ずやってくる。
当然なんだけど、酒飲みはやっぱ「夜」が好き。空が白んでくると、「なんとなくツマんなあーい。」ってな事も、言えないお年頃なんですねえ。
「針」やりました。初めは背中側、肩、腕、背骨、腰、足で多分50本位、ちょっと「チクッ」って感じで痛くは無いです。そんで、そこに電気流しました。自分とは関係なく、筋肉がひくひくって感じ。そんでお腹のほうも同じ。
内臓が硬いそうですが、緊張は少しずつほぐれてるみたいです。当日は、筋肉が興奮してて、夜中にソワソワ、起きたりしてました。でも、関節とかがスッキリって感じです。
まあ、健やかに回復してくのは、なんとなく気持ちが良いことではあるんですが、やっぱり、めげてるんですなあ。こころのどっかで。
奪われて、諦めて、そんで明らかになっていくのが「人生」だ。なあーんて事を前頭葉の先っぽの方では、偉そうに考えていたつもりが、いざ現実になるとねえ。
酒も飲まず、夜更かしもせず、先週今週は稽古場にも行かず、食うためには働いて。まあ、戯曲なんぞを「書いて」はいるんですけんども。
受け入れるんかなあ? 「人生」 やだな。
「芸術には残酷な法則があって、それは、人々が死んでこそ、また私たち自身がありとあらゆる苦悩をなめつくして死んでこそ、草が生い茂るということだ、忘却の草ではなく、永遠の生命の草、豊潤な作品がうっそうとしげる草が。その草の上に後の世代の人々がやって来て、地中に眠る人たちのことなど気にもせず、陽気に彼らの「草上の食事」を楽しむことだろう」マルセル・プルースト『失われた時を求めて-見出された時』より
ああーあ。やだやだ。
