はさみ
そう言えば、小学校のころ、どんなはさみを使っていたか、いまだに覚えているのだった。青いビニールが持ち手のところに巻いてあるやつだ。そのビニールの暗くてちょっと光った色調や、少し黄色がかった金属部分の感じなども覚えている。小学校のころのはさみのことなんかまず思い出さない。少なくとも20年ぶりかそれ以上久しぶりに考えたのに、やはりちゃんと覚えているのだった。
はさみに限ったことではないが、モノを買うというのは結構大変なことだった。こうしたものは、薄暗い文房具屋の隅に、紙のケースに入れて置いてあった。値段もそれなりにして、子どもにしてみれば、おいそれと手が出せない。だからこそ、一度買うとまず、名前を書いたシールなどを貼って、半永久的に付き合うつもりで使ったものである。まあ、そんな「つもり」も、ちゃんと意識していたわけじゃなくて、今から思うと、ということだ。
今、はさみを少なくとも3つ持っている。必要ならもっともっと、いくらでも買える。百円ショップにもあるだろうし、もっと高いのだって、買おうと思えばすぐ買えるのだった。自分が大人になったからというだけじゃないし、百円ショップが出来たからというだけじゃない。人と物の付き合い方の中に、やはり何か本質的に変わったものがある。おそらくは80年代にひっそりと進行した変化。何でもお金で取替えが利くようになった。「何でも」というのはもちろん、人間も含めてだ。
家の片隅に置いてあったモノたちのことを思う。名前が書いてあって、少し薄汚れていたモノたちのことを。(友田)

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