2009年7月アーカイブ: 演劇ユニットG.com

イーストウッド1 許されざる者

「いやー友田さん。イーストウッドはまずいっすよ。」って何言ってんの岡ちゃん。の岡田です。

 

僕、嫌いです。いいえ許せません。イーストウッド。

でも嫌いって事は、それだけ目が離せないって事。うーん。哀しい事に。「愛」ナーんてね。でも一言、「言いてええー」って事で。

 

ずっと見てます。イーストウッド。

監督デビュー作『恐怖のメロディー』から、『硫黄島、二部作』まで。三十作品弱かなあ? でも、今年の二作は見てません。

なんか辛いんだよねえ。イーストウッドの作品って。って言うか。あのナルシズムが羨ましくもあり、ムカつくって事なんですな。

監督デビュー作『恐怖のメロディー』から、それこそ誰が見たいのって言うラブシーンでっせ。たしか滝に打たれながらだと思った。まあでも、それは若いって事で......許せるが。

でもです、2002年『ブラッドワーク』、まさかのラブシーン。72歳でっせ。それも二人と。まああ。なんと言うか呆れると言うか何と言うか。いやあ、でもそんなエロ爺いは、どこにでもいるしーみたいな。

 

ただねええ。「表現」と言うか「表現したい。」と言うことを、堂々と行動していると言う点では適いまへんなー。

 

それはね。ヘンリー・バムステッド。超有名な美術監督です。ヒッチコックの『めまい』や、『スティング』もやっている。そのバムステッドが、93歳で、硫黄島の完成前に死んどるんですわ。だから何?って言われれば、そうなんですが。まあ現場という事を考えるとねえ。もうすこし人間的にテンションですか。下がっても。つまり、もう映画辞める。とかね。でも平気のヘイさって感じで、作られるとねええ。

 

まあ、はい。

 

まあ『グラン・トリノ』見に行きましょう。やだなああ。

そば屋が行ったみたいで、「辛いよー。」って言ってたなあ。でも、「生きて行かなくてはねえ。」

アメリカの夢

友田です。

1999年から4年間アメリカにいた。ニューヨーク州のバッファローという、ちょうど100年前が最盛期だった寂れた町だ。そこで何をしていたのかというと、大学院に通い、経済学者になろうと勉強していた。割と本気で。

 

今にして思えば色々無謀な点も多く、例えば生活を支える金銭的な裏づけなんかも不十分だった。そもそも私が学者に向いているのかと思うと、微妙に違っていた気もする。でもそんなこと関係ないのが若さというもの。何ていってもそこはアメリカ、全ての夢が叶う地だ。

 

今では知っている。そんなの嘘だ。叶う夢はほんの一部。でもね、30歳そこそこでアメリカで暮らしてごらん。空は広く青く、道路はどこまで行ってもまっすぐだ。自分の冴えない過去なんて全部なくなって、未来の可能性が全開で微笑んでいる気がする。何でも出来る、何にでもなれる。そう思えた時の幸せな気持ち。今でも忘れられない。

 

その当時、いっしょに勉強していた若い日本人がいた。Kさんというのだが、私より7つぐらい年下で、当時24歳じゃなかったか。彼はその後、カリフォルニアの大学の大学院で勉強を続けた。先日名前を検索してみたら、去年からアメリカ南部の大学の助教授になっていることがわかった。10年間の苦闘を経て、Ph.D.(博士号)を取得、本物の経済学者になったのである。

 

本物の経済学者になるというのがどれほどすごいものか、これはこの道で勉強してみた人でなければなかなか理解できないものだけど、優秀な青年が10年間、朝から晩まで勉強し続けなければ手に入らない称号というものが世の中にはある。尊いことだ。そしてKさんはそれを成し遂げた。なんと立派なこと。

 

Kさんにメールしてみたら、ちょうどタイミングよく、来週日本に一時帰国される予定だという。実はKさんとは、私が日本に帰国せざるを得なくなった失意の中で、感情的な行き違いが生じ、ここ6~7年音信不通の状況であった。しかしそれも時が癒してくれた。昔に戻って思い出話をするのを楽しみにしている。

グラン・トリノ

友田です。

先日クリント・イーストウッドの「グラン・トリノ」を見に行きましてね。

これっていくらでも論じようがある映画だと思ったんですが、一つ思ったのは、イーストウッドが自分を「可愛く」撮っていることでした。引退したフォードの工員なんですが、怒りっぽくて頑固でね。で、だんだん機嫌が悪くなると「ふーっ」なんて鼻から息吹いちゃって。可愛いんですよ。

 

ちょっと意外に思った。この人は、自分をこういう撮り方したしたことあったっけ。まあ、実はあんまり見てないので分からないんですが、以前、例えば「ミリオンダラー・ベビー」とかとは全然違いますよね。要するに年取ったってことなんだけど、「老い」を「可愛さ」として表現するのは、年寄りの最終兵器というか、何か捨てないとできないことですよね。「もう怖くはない」ということだからね。怖さって特に男の場合にはセクシーさの一つだったりもするじゃないですか。特にイーストウッドのような男ぶりを売り物にしていた人が自分を可愛く撮るってのは、何か捨てたわけですよね。

 

て思ったら、この人、これでもう俳優として映画に出るのは止めるということらしい。そう思うと衝撃のラストとか、そこに込めた思いとか、なるほどなるほどって感じで。なかなかよく出来た作品だと思いました。

246

いまだかつて滅ばなかった文明というのはないのであって、今のだって必ず滅ぶときはくる。何とも心休まる話ではないか。例えば目の前のこれだが――と246を歩きながら私は思った――もう100年もすれば、アスファルトはめくれ、土ぼこり舞う元の姿に戻っているはず。行き交う車の流れは絶え、たまに太陽光パネルを載せた電気自動車が、せいぜい時速30キロぐらいでやってくるばかり。ウィーンと低い電子音を上げて。

 

視界をふさぐ邪魔ッけな首都高の道路のほとんどは崩落。ただ、橋げたは結構丈夫だ。阪神大震災の後に補強したから。だから、橋げたの周辺だけは100年後にも残っているのだ。雨よけにちょうどよいので、橋げたの根元が商店街になっている。周囲20メートルぐらいに、バラックが立ち並んでいる。細い路地の両側に、木の露台を連ねた小さな店がくちゃくちゃと密集しており、八百屋や魚屋はもちろん、たまには甘味屋があって、お汁粉とか、小さい書店で活版刷りの雑誌とか、何ならプラモデルなど――誰がプラモデルを製造するのかという質問は禁止――売っているわけである。夜になると、橋げたの上に残った道路部分に並べた太陽光パネルで昼の間に発電したわずかな電気で、暗い電灯が点る。その下を人々は長い影を引きずりながら、サンダル履きで行き交うのである。

 

お金は毛沢東の顔の人民元だ。中国に支配されてるわけじゃないが、鎌倉時代と同じで、とりあえず手近で手に入る中国通貨を使ってる。基本は農業で、道路からちょっと離れると見渡す限り田畑。春になると一面の菜の花畑に、大きな太陽が沈むのが見られる。夜も八時にもなると、短い宵の享楽も終わり、みんな家に閉じこもる。夜は長く、人々の生活は静かだ。

 

梅雨の季節、橋げたの端っこから滝のような勢いで水が流れ落ちる。それを下に水槽を置いて受けるのだ。浄化槽を通して飲み水にしている。橋げたの上の道路部分に雨が降る音を通奏低音にして、人々は夢の中に吸い込まれていく。

 

夏、流しの楽隊がやってきて、祭になる。その時ばかりは箪笥の奥から昔の服を引き出してくる。ま、よくわかんないけど、コムデギャルソンとか。ふだんはTシャツだ。祭の日には花火もやる。玉のでかいのは高価だから、ロケット花火が中心だ。灯りがほとんどないから、夜空は漆黒。ロケット花火の光跡が闇の中に溶けていく。ひゅっという音と人々の歓声が止むと、音一つない夜が戻ってくる。

 

秋、夕暮れ時になると、赤とんぼが田畑を行き交う。いなごのように群れて、不吉なほど多い。夜は虫の声。田畑一面に響き渡る。

 

冬は重ね着する。暖かい服はない。革ジャンを着てるとすごく裕福に見える。暖房は薪で、バラック作りの家の中は暖かくない。冬は辛い季節だ。でも、餅を焼いて食べるのが楽しみだ。みかんもある。

 

こうして一年、また一年。単調な繰り返しの中で、昔のことは徐々に忘れられていっている。歴史を記録する人はいない。あと二世代もすれば、自分たちに屋根を提供している橋げたがそもそも何なのかも忘れられそうだ。年寄りは説明を放棄し、若者は記憶を放棄する。橋げたは老朽化している。あと数十年で、倒れるだろう。誰も修理するものはいない。やがて残骸もなくなり、どうしてそこに集落が作られたのかすらわからなくなるだろう。

 

すべては無意識の奥へと、ほどけて溶けていくのだ。遠い日の、果たされなかった約束のように。

「元初がもつ、汲めども尽きぬ豊かさより生ずる、真正な言葉の富」 ※1

どもども、岡ちゃんでーす。

 

剛ちゃん、それおかしくねえ? だってさあ、自分で昔は、死を喜んで扱ってたわけや。つうことは、今より、はるかにずーっと「演劇」に近かったんと違うやろか? 頭で理解するより、直観ってやつで分かってたんとちがうん?

だとしたら、なんで自分は、「演劇をやればやるほど「演劇」から遠くなったのか?」 言うことになるんと違いまっか?

 

いきなりですんまそーん。なんだそれ?って方は、主宰 三浦剛の記事「書くって......何かしら?」を見てね。

 

まあ、理由と言うかなんともはや、要は「命令」ですな。これ。

そうですそうです。例えばオイディプス王、殺したくは無いんです。殺人なんてねえ。あんた。そんで逃げるんです。逃げて逃げて。国までかえて逃げまくるんです。

でもねえ。まあ、太陽からは、どこをどうやったって逃げられんのですよ。ええなんともはや、太陽神ですわ。ボイボスって言われとります。はあ、「ボイボス」なんてねえ。どこのボスだあ? なんてね。

まあアポロンですわ。ボイボス・アポロン言います。そいつの命令なんですわ。「父親を殺せ」ってねえ。だから逃げるんです。逃げて逃げて、でもねえ。哀しい事に逃げられんのですわ。まあそれが「演劇」のもつ一つの真実なんですなあ。

 

そりゃあ、あんた単なる殺人マニア書いたところでオモシローは成らんのです。はあ。やっぱり、そこまでの道筋ですなあ。苦しまなあ、あきまへん。まあとことん苦悩して、苦しんで苦しんで、そこからホレ、俗に言う「PASSION」でっか。それが生まれるとこまで苦しまなあ、お客さんが喜びまへん。ハムレットさんも、そうです。苦しんで悩んで苦しんで、苦悩はしてます。

 

そうそう、ドイツのど田舎のカントさんが、いいこと言ってます。

「人間の労苦と言うのは、永続的に循環しつつ回転し、それがすでにかつてあった一点へと回帰するのです。そうして、今は塵のなかにある材料が、おそらく立派な建物へと仕上げられうるのです。」※2

 

まあまあ、悩んで苦しんで、ああでもないこうでもない、そうだこうだと堂々巡りして、結局は、元に戻ったりするんですなあ。はい。そんでもって初めて「豊か」な何かが出来上がったりするんですやろうなあ。

 

※1 『ヘルダーリンの賛歌「回想」』(ハイデッガー全集第52巻)

※2 『物への問い カントの超越論的原則論に向けて』(ハイデッガー全集第41巻)

ちなみにカントの言葉は、カントのガルヴェ宛の返書にあるようです。

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