Free at last - 演劇ユニットG.com

Free at last

G.comとは関係なく戯曲の読書会をやっているのですが、そこに70歳代のもと新劇少女がいらっしゃる。先日、マキノノゾミさんの『東京原子核クラブ』を取り上げ、なかなかに読み応えがあって素晴らしかったけれど、その方がこんなことをおっしゃった。「マキノさんの戦前の生活の描き方には時代感覚のずれを感じる。戦前の生活というのはもっと悲惨で・・・。庶民は上の方針に必死で付いていかないと生きていかれないという時代でした。庶民の生活は真面目で、本当に苦しかった」。戦前と言えば東京・大阪を中心に、ある程度の中産階級が発達し、雑誌文化やジャズクラブや寄席、映画にそれこそ演劇といった文化も花開いており、向田邦子が『あ・うん』や『父の詫び状』で書いたようなサラリーマン家庭もあった。そう思うと、苦しくて真面目で、というのはこの方が感じた、ある一面でしかないのだろうけど、だからこそ身をもって知る人の、胸を突くような真実の言葉であった。「上の方針に付いていかないと生きていかれない」。つまりは生の主体性が奪われている。自分の人生を自分で決められない、その苦しさ、惨めさ。

 

 実は戦後もそれって、そんなに変わらなかった。ある時期までは。たとえば今回の『金の卵 1970』で、染め職人の竜二が「白衣の天使と戦災孤児の染め職人じゃ、釣り合いとれねぇもんなぁ」という台詞があります。意味はわかる、もちろん。でもふと考えてみると「釣り合いとれない」ってどういうことなんだ? 戦前生まれの三浦実夫さんが書いたこの言葉の重みは、今となってはなかなか理解できない。おそらくは幾多の恋が「釣り合いとれない」の一言で抹殺されてきた。身分とか、分相応といったもの。そこには、ぎりぎりの人生を歩む人たちの命がかかっていた。その時代、「食う」ということはそんなに簡単ではなかったから。飢えて死ぬということはよくあることだったから。だから、力ある人にくっついて、屈従して、何が何でも飯を食わなきゃいけなかった。身分秩序を犯してはならなかった。

 

 1960年から70年というのは、それが大きく変わり始めた時期なのだ。生活が豊かになり、選択肢が増え、屈従しなくても食えるようになる。『金の卵 1970』では竜二は看護学生の風子と結ばれるし、同じく職人の鉄男も女医の夏子と結婚している。その時代、いかにささやかであろうと、身分を越えて好きな人を好きだということが、一つの革命だったのだ。