書くって...なにかしら? - 演劇ユニットG.com

書くって...なにかしら?

文芸部が日誌が面白い...。

って、主宰の僕が言ってもはじまらないんですが。

筆無精の劇作家、三浦です。


文芸部の友田さんが書いたマイケルの話や、岡田さんが書いた茶入れの話
正直、僕はあんな文章書けません。G.comの文芸部は「書くこと」「世界を観る」「意見する」ことにかけては僕より俄然すぐれてます。

ということで、「書くこと」についてちょっと自分の過去を振り返ってみようと思います。
少し長いですが、、、よかったどうぞ。

(書き終わってみたら少し冗長な文章になってしまった)

これを機に、自分の過去の作品をちょろっと解説していこうかなぁ。


もそも僕が戯曲をはじめて「書くこと」なったのは、12年前。
今、30歳ですから、18歳の頃。

桐朋学園演劇科の一年生でした。
高校の3年間はラグビーに明け暮れ、演劇の「え」の字もしらず。
なんとなくビックな役者になりてえ、と思いとりあえず演劇学校に入学。
(学科試験がないってのが一番の魅力だったんですが)

そこで、僕と同じ3年間ラグビーしかやってなかった柳川竜太という男と出会います。
僕も彼も演劇はまったくの素人。
同級生は、高校演劇をやっていたりとか、宝塚を目指してる人とか色々。

はっきり言って我々は完全なる落ちこぼれ演劇学生だったのです。
僕は俳優をすぐ挫折。
台に立つのが恥ずかしい(自意識過剰)、に命令されるのが嫌い(自己中心的)という理由から。

さらに、演出家の先生方が言ってることが難しい。
「演劇ってのはさ、よく知らないけど、もっと、こう、なんか、オモレー感じのものを作ればいいんでないの?」と。

そこで、竜太と二人で我々がオモロいと思う芝居をやっちまおうと。
若気のなとかですな。

かくして、僕は自分で、本を書き、演出をして、出演したという次第。
当時の桐朋学園は、学生達が自分たちで芝居を作ることを禁止していたので、
(勉強中の身で好き勝手やると変な癖がつくという理由だったかな?)
学校には内緒で、学校の教室でゲリラ公演。
結局、学校でやってる。
若かったなぁ...。

その時に書いたのが僕の処女作「隣の殺人者」
40分程度の二人芝居。

恋人を殺傷し、街の公衆トイレに身を隠す若者。
けど、隣の個室にはラリーマンが入ってて、「紙ありませんか?」と言う。

隣にいるのが殺人者だとは知らず、ぼつぼつと語り合う二人。
でも実は、そのサラリーマンは猟奇殺人者で、個室で獲物を待ってたって話。
最後は、二人とも死んじゃうっていうなんとも救いのない話。

とにかく、それがデビュー作。
それに続く2、3作はとにかく人が死ぬ。
若いうちは皆、劇作でとにかくむやみやたらに人を殺す。
ハリウッド映画の影響ですかねえ?

でも、どうして演劇の人はむやみやたらに人を殺すのですか? そこまでしないとドラマは創れないのですか?」というアンケートを頂いてからは、あまり人が死ななくなりました。
しかし、たしかに、なぜ、演劇は、すぐに、舞台上に、人の死をあげるのか。

(その辺はギリシャ悲劇などに造詣の深い文劇部の岡ちゃんが答えてくれそうです)
(岡田さん、『答えて岡ちゃん!』というコーナーでも作りませんか?)

ともあれ、「隣の殺人者」は一回公演、観客は40人くらい。
これがまた、非常に評判がよかった。

「なんだ、簡単じゃん。演劇」

と、思ったのが運のつき。

それから12年。
10本くらいの戯曲を書いてきた。

「書くこと」って結局なんなのかしら?
という、問いだけがどんどん膨らむ。

そもそも、僕は文章を書くのがあまり好きではない。
ブログの更新頻度でも分かると思いますが。

でも、なんか、やっぱり「書きたい」のだろうなぁ...。と。

以上。