マイケル・ジャクソン - 演劇ユニットG.com

マイケル・ジャクソン

友田です。

マイケル・ジャクソンが死にましたね。私が中高生だった八〇年代は洋楽の時代で、アメリカのチャートのカウントダウンが夕方のテレビ番組として成立していた。マイケルはその代表的なスターでした。私はそれほど洋楽にはまっていたとは言えないが、それでも何枚かレコードは持っていた。

 

ともかく非凡な歌手で、今でもファーストフードなどで彼の声変わり前の歌声が流れていますね。「ABC」や「帰ってほしいの」など。まさに天使のような澄んだ声、完璧な音程と歌い回しで、「こんな美しい歌声が現実に存在するならば、世の中も捨てたもんじゃない」といった思いさえ抱かせます。

 

そんな、まるで魔法の杖さながらの才能を持った少年が、やがて大人になり、歌とダンスで世界を沸かせ・・・。しかしやがて自分の城に閉じこもり、少年たちと毎夜の饗宴。あげく顔は白く、醜く崩れていく・・・。一編の寓話のような人生を駆け抜けていったマイケル・ジャクソン。彼をそうさせたものは何だったのか。

 

もともとエキセントリックな人だったと思うけど、一方で、先頭に立つものの辛さを思います。マイケルが世に出た当時、黒人音楽を一般の白人が聞くという習慣はほとんどありませんでした。 いや、もちろん聞いていた人はいたが、インテリとか、自分が音楽をしている人。あとは突っ張った若者とか・・・。要するに普通の白人大衆は聞かなかった。だから、黒人ミュージシャンはどんなに大物でも地方に行くとホテルに泊まれないという現実がありました。ホテルのフロントとかドアマンをしている白人のあんちゃんやオジサンにしてみると「お前が有名ミュージシャン?ざけんなクロンボのくせに。顔洗って出直して来い」。そんな時代。

 

それを塗り替えたのがマイケルだった。マイケルが歌い踊る姿をミュージック・ビデオで見た白人たちは人生で初めて「黒人にもかっこいいやつがいる、黒人音楽ってかっこいいのかも」と思い始める。それまでも、白人ミュージシャンが咀嚼した黒人音楽を「かっこいい」と思って聞いていた白人大衆が、はじめて「黒い顔」も含めて「ありかも」と思った。これは本当に歴史的に初めてのこと。

 

だけど、黒い顔を持って白人大衆の中を先頭切って走っていたマイケルはどうだったのか。そのころ、リッチでハッピーな黒人なんて、あの国にはほとんど一人もいなかったのだ。自分がそうなることができるのか?音楽やダンスにおけるほど、彼には、日常生活における創造性や器用さがなかった。白人のようになる以外に、リッチでハッピーになるモデルを見つけられなかった。欧州の童話をアメリカ式に翻案したディズニーの世界やピーターパンに憧れる。彼の妄想世界に黒人の居場所はない。当時のディズニーの世界の主役は白人か動物。動物になる気がなかったら?答えは明らかじゃないか。

 

こうして彼の鼻やあごは細く、肌は白くなり始める。自分が白人になれるネバーランド(どこにもない国)を目指す彷徨がはじまる。

 

2008年、アメリカの白人大衆は「黒い顔の大統領もあり」という判断を下した。それは、25年前に彼らが「黒い顔のスターもあり」と認めたことの、一つの帰結だ。線は一本につながっている。マイケルなくしてオバマはなかった。大げさでも何でもない。

 

その時、多額の借金を抱え、裁判で名誉も失い、整形のしすぎで崩れる白い顔を鏡で見て、マイケルは何を思ったのだろうか。

 

半年後、彼は永遠に舞台を去った。