雨 - 演劇ユニットG.com

友田です。

梅雨ですね。どか降りよりもしっとり降る日が多い今年の梅雨。それほど蒸し暑くもなく、不快感も高くないと感じるんですが、いかがでしょうか。昨晩も夜半過ぎまで、屋根を打ったり樋から落ちたりする水音が静かに響いていました。

 

昨晩のような夜に雨の音を聞いていると、水の流れを意識します。例えば一本の樹は、無数の葉の表面でたくさんの雨粒をいったん受けながら、その下の葉へ、更にその下の葉へと水を落としていきます。その様子は、樹を小さな川が束になって取り巻いて、地面へと水を注ぎいれていくかのよう。

 

雨の日に樹からはざわめきが聞こえますが、それは水滴が葉を揺らす小さな音が、葉と葉がこすれる音と混ざって、濡れたような独特の音になって響いているもの。樹が林や森になっていると、樹のざわめきはもはや通奏低音になって周囲に響き渡っており、その周囲にいるものは人も犬もカエルも、ざわめきに無意識をひたひたと浸されているよう。そんな雨の日は、わたしたち人間の感情も、樹のざわめきを意識に変換した結果に過ぎないのかもしれません

 

水の流れのほとんどは人目につかないところに存在しています。樹から地面へと注がれた水が、そして側溝やマンホールに吸い込まれた水が、その先どこへ行くのか。正確に知っている人はいません。地下水脈は細い蜘蛛の糸で編まれた巣のように地中に広がっており、水はその網を、分子一つ一つ、かすかに振動しながら走っていきます。無数に合流と分岐を繰り返し、やがて川に。あるいは川の下を通る地底の川へと。まるで三軒茶屋付近の国道のように、水の流れも幾層に分かれながら、いまや生命を持つものの如く躍動しつつ、少しずつ海へ近づいていきます。岸を浸し、土を運び、石を削り、流木を運び、水草に酸素を、魚にプランクトンを与え、しみこみ、おち、はじけ、とどろき、たゆたい、われ、そだち、すすみ、ねじれ、ひびき、うねり、はしり、おどり、ひろがり、のぼり、あつまり、海へと運ばれていく水。

 

そしてその水が、いつか水蒸気となり、雲となり、また雨となって木の葉を濡らすのです。何年後か、何十年後か、それとも、わたしたちが皆死に絶えた遠い未来に。