ひめゆりの塔 - 演劇ユニットG.com

ひめゆりの塔

友田です。

日曜日、主宰三浦が脚色を手がけた「ひめゆりの塔」(詳しくは三浦ブログをご覧ください)に足を運んだ。

 

内容は有名な沖縄戦の悲劇。約4時間の長いお芝居だが、飽きることはなかった。本当は別の用事があり、3時間ぐらいで失礼するはずだったが、目の前で沖縄戦が展開されているときに、退場などできるものではない。芝居の上手下手を超えて、二十歳前後の人たちが一生懸命にやっているということが放つ磁力も大きい。また、通路が芝居スペースと重なっているため、退場しようとすると物理的に芝居を妨害してしまうおそれもあり、結局最後まで見た。

 

次回G.com公演客演予定のSさんも出演。大柄で目を惹く存在感。一箇所、彼女が中心になる場面があるのですが、周りの人が台詞を吐いているうちに段々Sさんの目が潤んでくるのが面白かった。鍛え甲斐のある逸材と三浦は見込んでいるが、楽しみです。

 

それにしてもなかなかよく出来たお芝居だった。楽しいシーンの次には悲しいシーンを。徐々に強まる悲惨さと恐怖。ハリウッド映画の作劇術に似た計算が効いている。三浦の貢献がどの程度なのかは分からないが。

 

自ずと感じさせられたのは、「教育」というものが持ったある種の力というか、ここでは恐ろしさ。ひめゆり学徒隊は同じ敷地内にあった沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の生徒の部隊だが、そのことは、彼女らが当時の沖縄で最も恵まれた高い教育を受けていた少女たちであったことを意味する。同世代人口のわずか数%に属するエリートだ。

 

沖縄の文化は本土とは相当異なるので、沖縄には今でも日本人意識が薄い人たちも少なくない。当時はなおさらだったろう。そうした中で彼女らは、日本の政府や軍に与えられた役割を懸命に果たそうとした。一言で言えば自らの受けた教育に忠実な、とてもいい子らだったのだと思う。

 

皮肉でも何でもない。平時であれば、彼女らは卒業後は主に教育者として、沖縄の社会を支えていくはずの人たちだった。誰が何と言おうが、いい子というのは必要なのだ。地域社会で尊敬され、愛される人生が彼女らを待っていた。だが、非常時においては、彼女らが培った義務感・責任感が彼女らを死地に追い込んでいった。運命の皮肉というには余りに悲しい。軍国主義の過ちと言えばそのとおりだが、それだけで語れるものでもない。

 

そしてこれは、教師たちのドラマでもあった。日本語教師への転身後、わたしは「先生」という言葉に過剰反応する傾向があるが、それでもこれには参った。教師というのは平時においても演技の要素が多い職業だが、それにしても、自分の身も守れない戦場で「先生は君たちを守ります」というのは何と無茶な大ぜりふだろうか。もちろんこの芝居はフィクションだが、ひめゆりの先生たちは、実際にこれに似た台詞を吐かざるを得なかったはずだ。悪魔が聞いたら高笑いしそうな台詞を、それでも言うしかなかった彼ら・彼女ら。帰宅後インターネットで見てみると、確かに、ひめゆりでは生徒以上に教師の死亡率が高いのである(生徒は222人中136人が死亡、教師は18人中13人が死亡)。守れないものをそれでも守ろうとした先生たちの悲しさにわたしは涙した。