四つの最後の歌 - 演劇ユニットG.com

四つの最後の歌

「4(し)」って数字はさけてます。そんな岡田でーす。

 

ロッカーとか、居酒屋の靴箱とか、無意識というよりも直感で忌み嫌ってます。だってえ、なんか嫌なんだもん。そうねえ、やっぱり「死」って怖いんだよね。でもなんで、でしょうねえ。だって知らないわけですよ。生まれてこの方、死んだことは無いわけだし、ずっと生きてるんですよ。まあ考えてみればですけどね。

でも一般的に、常識的に、そんでもって普通に言えば、その先に......。なんて考えると、やっぱり怖いんですねえ。

「怖い」ってやつは、でもたぶんそう絶対に、本当のものになる元の感情が生まれる所だと、魅かれているのかなあ、なんて言う何かで。好きです。だって結局は、怖いのって、どこかで気持ち良いという、何か「生きている」実感が、謙虚に戦慄する瞬間だったり。決して否定はしないんですけど。なああ。

 

「四つの最後の歌」。リヒャルトシュトラウスが、最晩年84歳の時に書いたオーケストラ付きの歌曲です。ヘッセの詩3曲と、アイヒェンドルフ1曲。ちなみに「春」「九月」「眠りにつこうとして」「夕映えの中で」。なんか嫌だけど、最晩年って感じです。

 

でも、こいつ相当に嫌なやつ。見栄っ張りの、エラぶり。若い頃に成功して、交響詩「英雄の生涯」とか書いて、でも、その英雄って誰だと思います。そうそう自分なんですよ。アホか、ドイツの田舎もんが。まあそんで、ナチを利用して、音楽の最高権力にぎったりして。まあ、でも一生懸命に、はてまた「人間的」に生きたんでしょうなあ。

 

明るい曲なんですよ。基本。長調だし。特に最後の「夕映えのなかで Im Abendrot」、それこそ明るい変ホ長調で始まって。まあ最後は「これは死なのだろうか?」って終わるんですけど、その最後のところ、ホルンに「二長調3和音」とやらが現れるんだそうです。CDの解説に書いてある。それが「根源の忘却」って奴の動機になってて、うーん、根源の忘却かあ、何じゃそりゃあ? とは言いつつも、長いながーい階段を上っていくとそんな所にも行くのかなあなんてねえ。

 

ちなみにCDは、カラヤン指揮、ベルリンフィル ソプラノ グンドラ・ヤノヴィッツ(1973年録音 グラモフォン)が最高。

カラヤン、1985年に同じベルリンフィル、ソプラノ アンナ・トモワ=シントウで再録音してるけど、やっぱりヤノヴィッツの美声がいい。それに名ソプラノ、シュワルツコップ盤よりも、やっぱり、この曲にかんしてはヤノヴィッツが良いどえーす。