天安門事件から20年
天安門事件からきょうでちょうど20年になる。
20年前、大学生の私は隣の国の学生たちが天安門広場で繰り広げている民主化運動を、毎日テレビで見ていた。自分と同じ世代の若者たちが、大きな目標を掲げ、闘い、政府首脳らと対峙している。胸がすく思いだった。
6月4日の朝、ニュースを見た。粗い映像。走る戦車。銃声と叫び声。何が起きたのか、全然わからない。でも全てが潰えたことははっきりとわかった。どうしたらいいのかわからなくなって、その日一日、飯を食わないことにした。ハンガーストライキだ。でも、夜中の11時半にふと馬鹿らしくなって、カップうどんを食べてしまった。もしこのとき、自分がうどんを食わなかったからといって、何がどうなるわけでもなかったことは確かだ。
それから2年後、私は報道機関に就職したが、その選択にも、どこかで天安門事件の幻影が作用していた。自分にも大きなものを相手取って何かができるんじゃないか、という、よくも悪くも気負った気分。結局そんなことはなくその会社を辞め、今ふと気づいてみれば、中国人の若者たちに日本語を教えている。ちょうどあの頃生まれた20歳前後の若者たちだ。彼らは屈託がなくて明るい。
天安門事件を巡る大きな「?」。
私はさんざん大回りして、そのクエスチョンマークのカーブをたどるような人生を歩んでいる気がする。ふだん、天安門事件のことなどろくに思い出しもしないのに、気づくとそうなのだ。
学生リーダーのウアルカイシ氏が中国当局に出頭したそうだ。中国に帰るための手段だそうだ。彼の考えることはよくわからないが、必死なのは伝わる。一方、女性リーダーとして有名だった柴玲(Chai Ling)はアメリカでソフトウェア会社を経営。
http://www.jenzabar.com/aboutus.aspx?id=80
言うまでもないが、プロフィールには天安門の「て」の字もない。 天安門事件を今も生きる人と、完全に過去にした人。
天安門事件40年後の中国はどうなっているだろうか。(友田)

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