フェルメール - 演劇ユニットG.com

フェルメール

「こんな風に書かなけくちゃいけなかったんだ。」と彼はつぶやいた。「おれの最近の作品は、みんなかさかさしすぎている。この小さな黄色い壁のように絵の具を幾つも積み上げて、文章(フレーズ)そのものを価値あるものにしなければいけなかったんだ。」 マルセル・プルースト『失われた時を求めて 第五編 囚われの女』鈴木道彦訳

 

一応、作家の岡田です。そんでもって、上野の西洋美術館でフェルメールの「レースを編む女」を見てきました。

 

小さい絵です。代表作でもありません。更には、「美徳」を書いた絵です。

 

フェルメールの絵。「真珠」は虚栄。「ワイン」と「音楽」は媚薬。「手紙」は、秘められた憧れ。相手は、不倫。黄色は、「愛し合っているものと、娼婦に似合う色」。ほとんどの絵は「悪徳」で描かれています。うーん人間だよね。 

それが完璧な遠近法の室内。窓から差し込むやさしい光。真珠の光の粒に映る室内。絹のドレスからは、衣擦れの音が聞えてくるようです。

 

ゆえに、「悪徳」が放つ悪臭は昇華され。不思議な落ち着きと、完成された世界。そう「世界」なんだよね。フェルメールって。

 

ただ「レースを編む女」は、「有能な女性の鑑」。つまり、フェルメールの絵では例外、つまんない方です。美徳のほうは、これと「牛乳を注ぐ女」位かな。とは言え、二人とも、娼婦の色、黄色い服を着てるけどもね。

 

でも、やっぱり「世界」を感じます。レンブラントの中期の自画像や、画家の中の画家ベラスケスの「王女マルガリータ」も確かに凄いけど。やっぱりフェルメールかな。

 

ちなみに、冒頭の引用、フェルメールのデルフトの風景」をパリで見たプルーストが、作中の作家ベルゴットに言わせる言葉です。通常「ベルゴットの死」とよばれる章で、プルーストが死の直前まで書き直していたと言われる箇所です。

 

でも、なんとなく分かります。ああ、また書き直そうと、僕の戯曲。