40過ぎて
文芸部の友田といいます。せっかく場があるのだから、何か書いてみようと思う。
そのうちに主宰も記事を書くことと思うけれど、昨日次回公演「金の卵1970」の
脚本の研鑽用のリーディングがあった。キャスト予定の俳優の方々が参加。
色々と厳しい意見もいただき、作家の三浦実夫さん(主宰のお父上)を補佐する
我々文芸部としても、反省すべき点を多く感じた。
リーディング会の詳細は主宰の記事を待つとして、最近個人的にうれしかったことに
ついて書いてみたい。というのは、この数年で一番と言っていいぐらい、
本当に嬉しいことだったから。
若い頃、私は某社(報道関係)に在籍していたのだが、
最近そこからお仕事の依頼をもらったのです。月に一回、記事を書く仕事。
コネとかそういうんじゃない。もちろん古巣だから知人は多いけど、だからと言って
仕事をもらえるような甘い会社じゃない。その会社を離れて10年以上になる。
その間、アメリカに留学して経済学を勉強したり、小さな会社に勤めたり、
面白いと言えば面白かったが、迷いの多い30代だった。37歳のときに
評論の賞をもらって、時々依頼をもらっては書評とかを雑誌に書くように
なったけど、別にそれで暮らせるわけじゃない。
芽が出るとか出ないとか、何をもって言うのか知らないけれど、長期戦の覚悟が
出来た。仮に芽が出ないまま事故か何かで死んでも恨まない。お化けになって
出たりしない。結果ではなく、一つ一つの仕事を大事にする。まあ、そんなにきれい
にはいかないけど、気持ちだけは、せめて。
そんな矢先に仕事の依頼の電話をもらった。以前ある場所であって、名刺交換していた
人。私がその会社にいたころは知り合いではなかった人。そんな人が、私の仕事ぶりを
見ていてくれた。あるコーナーに欠員が出来たとき、私を使おうと思ってくれた。
それが何より嬉しい。
20代のころ、その会社の旗の下で働いた。何も分からず、周囲も見えず、必死だった。
不器用な自分に疲れ切って、新天地目指し、会社を去った。それから10年以上も経って、
今度は個人として仕事が出来る。昔いっしょにがんばった仲間たちと同じ紙面で、肩を並べて。
こんなことが起きるなら、年を取るのも悪くない。

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