演出と、脚本と、読書 - 演劇ユニットG.com

演出と、脚本と、読書

わたくし、舞台を演出しているときは、まったく読書をしなくなるんです(と、言うより読みたい気持ちがまったく起きない)が、

戯曲を書いているときや、脚色なんかをしているときは、自然と色んな本をひらいてしまいます。
きっと、自分の言語から逃げたいんでしょうね・・・。
他人の言語(思想)的な、なにかを欲してしまう。
パクルってわけじゃあないんですけどね。

そして、今、バックに入っているのが・・・

ストルガツイ兄弟の「醜い白鳥」
(僕にとってとても大切な本なんですが、2~3年行方不明でした。さる筋から最近帰還した本。おかえり。大切な本って、誰に貸したかまったく忘れちまうもんですが、必ず必要なときに帰ってきてくれる気がします・よね?)

筒井康隆の短編集「将軍が目醒めた時」
(これは先日どこかの(池尻だったかな?)古本屋で51円で売ってたんですが、「これください」と言ったら、店のおばあさんがニコニコしながら「今日ねぇ、水曜日だから10%OFFなの。45円です。うふふ」って言われたんで「そいつはラッキーです。ありがとう」と、買った本で、なんか、天気もよかったし、すごくラッキーな気分だったことを覚えている)

安部公房のエッセイ集「砂漠の思想」
(安部さんが、めつらしく自身の戯曲や、演劇観なんかを語っているエッセイ集。さる方から5年前くらいに借りたんですが、やっと読み始める。これがまた、面白い・・・。早く読めばよかった)

以上の三冊。

まあ、なんというか非現実を扱った本ばかり・・・現在脚色している「金の卵1970」には、まったく役にたたなそうではありますが。


しかし、どれともなく、空いてる時間にさっと開いて読んでみたりすると、色々な種が発見される。

その種が、戯曲を書いているうちに、知らず知らず芽を出してくる。

で、本が完成する。

「やったぜ、俺って天才。よくぞ一人で書いたもんだ」と思っていると・・・数年後に、「なあんだ、ここのアイデアってあの本からインスパイアされてたんだぁ・・・ガッカリ」

なんて、ことが起こったりします。

そんなにガッカリでもないんですけどね。意識して使ったら→パクリ。無意識で使ってたら→インスパイア。この辺りの垣根は、まだまだ議論されているところですものね。

 

そんなこんなで、金の卵1970の脚色。

SF小説をひらきひらき。

奮闘中です。

 

51U9eB7-E4L__SS500_.jpg

 

 

 

コメント[2]

この装丁かっこいいなあ、、色も。紫蘇のような紫に透け気味の銀?

No.1のイケダモさんのコメントへの返信

あ、モリトくんだ。

初コメントだ。

うれしい。

かっこいいよね。まず開くと、銀2ページ。さらにカバーとると文字浮き出しになってるんだよねぇ。